『ガキの使いやあらへんで!』で長年「山崎邦正」「山ちゃん」として親しまれてきた月亭方正さん。
そんな方正さんが2013年1月1日から、長年使ってきた「山崎邦正」という名前を捨て、「月亭方正」として活動を始めました。
なぜ、すでに全国的に知られていた名前を変える必要があったのでしょうか。
背景にあったのは、単なるイメージチェンジではありません。
テレビで活躍する一方で抱えていた「自分の芸」への悩み、桂枝雀さんの落語との出会い、月亭八方さんへの入門。
そして最後には、「落語家として生きていく」という覚悟を形にするための改名へとつながっていきました。
テレビでは売れていたのに「自分の芸」に悩んでいた

山崎邦正さんは、決して仕事がなくなったから落語へ転身したわけではありません。
1990年代から『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』などに出演し、「ヘタレ」「いじられキャラ」として全国的な知名度を獲得していました。
しかし本人の中には、ずっと引っかかっているものがありました。
方正さんは後年、自分は本当は「メインでお客さんを笑わせたかった」と振り返っています。
テレビでは周囲との掛け合いやリアクションによって笑いが生まれます。
一方で、一人の芸人として舞台に立ったとき、「自分には何があるのか」という悩みが強くなっていったようです。
人気芸人として知られているのに、自分自身は芸に自信を持てない。
その違和感が、後の落語との出会いにつながります。
東野幸治に勧められた桂枝雀の落語

転機になったのが、東野幸治さんとの会話でした。
芸について悩んでいた方正さんに、東野さんが勧めたのが落語です。
最初に聴いたのは、桂枝雀さんの「高津の富」。
それまで方正さんは落語に対して、古い芸能というイメージを持っていたそうです。
ところが実際に聴いてみると、その印象は一変しました。
一人で何人もの人物を演じ、話だけで客席を笑わせる。
方正さんは桂枝雀さんの落語に一気に引き込まれ、その後はCDやDVDを繰り返し聴くようになります。
この時点ではまだ「テレビを辞めて落語家になる」という話ではありません。
むしろ、自分がずっと探していた「一人でお客さんを笑わせられる芸」を、ようやく見つけたという感覚に近かったのでしょう。
初高座から生まれた「月亭方正」という名前

方正さんは落語を聴くだけでは終わりませんでした。
独学で「阿弥陀池」を覚え、月亭八方さんの息子・月亭八光さんを通じて、八方さんの勉強会に出演させてもらうことになります。
2008年5月11日。これが山崎邦正さんの初高座でした。
そして、その日の打ち上げで大きな出来事が起こります。
酒の勢いもあり、方正さんは八方さんに「月亭」の名前を欲しいとお願いしたそうです。
普通なら簡単に許される話ではありません。
ところが八方さんは受け入れ、さらに自身の名前「八方」の「方」を使って「月亭方正」という名前を書いてくれました。
こうして「月亭方正」という名前が誕生します。
方正さんは、その時に八方さんが書いてくれた紙を現在も大切に保管していると語っています。
すぐに山崎邦正を捨てたわけではなかった
ここで興味深いのは、「月亭方正」という名前をもらってすぐに改名したわけではないことです。
初高座は2008年。翌2009年には上方落語協会へ加入しました。
しかし芸能活動では、その後もしばらく「山崎邦正」の名前を使い続けています。
つまり、
という二つの顔を数年間使い分けていたことになります。
それが変わったのが2012年です。
方正さんは活動拠点を東京から大阪へ移し、師匠の月亭八方さんとも相談。
45歳という節目を前に、すべての芸能活動を「月亭方正」に統一することを決めました。
2013年、「山崎邦正」を捨てる決断

2012年12月17日、方正さんは記者会見を開き、翌2013年1月1日から「月亭方正」へ改名すると発表しました。
この時点で、山崎邦正という名前では約24年間活動しています。
全国的にも知られ、『ガキ使』では「山ちゃん」として完全に定着していました。
芸能人にとって、これほど認知された名前を変えることは小さな決断ではありません。
しかも本人は会見で、今後「山崎邦正」という芸名を使うことについて「ないです」と明言しています。
つまり併用ではなく、本当に月亭方正として生きていくことを選んだわけです。
事前にダウンタウンにも相談し、二人からは「自分の人生やし、やったらいいんちゃうか」と背中を押されたことも明かしています。
改名は落語家としての覚悟だった

なぜ、わざわざ名前まで変えたのでしょうか。
ここがこの改名で最も重要なところです。
上方落語協会へ加入するとき、月亭八方さんは方正さんに、
「辞めると言ったら、この世界を辞めなければならない」
という趣旨の覚悟を求めたそうです。
方正さんは、それを受け入れました。
さらに2013年の披露会では、テレビと落語の違いについて、テレビでは周囲に助けてもらえる一方、落語では一人で舞台を成立させなければならないと語っています。
長年築いてきた「山崎邦正」という看板を残したままでも、落語を続けることはできたでしょう。
それでも名前を「月亭方正」に一本化した。
そこには、落語をタレント活動の一部ではなく、自分の芸の中心にするという意思があったと考える方が自然です。
改名後はギャラが下がったことも

しかも改名は、仕事上のメリットばかりではありませんでした。
2013年の取材では、月亭方正へ改名してから仕事のギャラが下がったことも本人が明かしています。
テレビで長く使ってきた「山崎邦正」という名前には、それだけのブランド価値があったのでしょう。
それでも元の名前へ戻ることはありませんでした。
改名から13年以上が経った2026年。
現在では「月亭方正」という名前もすっかり定着し、全国各地で独演会を行う落語家として活動しています。公式プロフィールでも肩書きは「落語家」です。
山崎邦正から月亭方正へ変わった本当の理由
月亭方正さんの改名は、単なる芸名変更ではありませんでした。
テレビで人気を得ながらも「自分一人でお客さんを笑わせられる芸が欲しい」と悩み、40歳目前で落語に出会う。
桂枝雀さんに衝撃を受け、月亭八方さんのもとで落語を学び、上方落語協会へ加入。
そして2013年、24年間使ってきた「山崎邦正」という名前を手放しました。
つまり「山崎邦正から月亭方正になった理由」は、
落語家として本気で生きていくため。
これが一番シンプルな答えでしょう。
『ガキ使』では今でも「山ちゃん」と呼ばれることがあります。
しかし本人の人生にとっては、2013年の改名が「山崎邦正の別名を作った瞬間」ではなく、「月亭方正として新しい芸人人生を始めた瞬間」だったのだと思います。




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