ラーメンチェーン店舗数ランキング30年史|1995年の王者「どさん子」はどこへ?

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1995年、日本で最も店舗数が多かったラーメンチェーンはどこだったのでしょうか。

幸楽苑でも、天下一品でも、一蘭でもありません。

今回、1995年から2026年まで、主要なラーメンチェーンの店舗数を企業公式サイト、IR資料、当時の新聞記事、業界資料などから集め、資料が確認できない年については前後の実測値などから推定し、1年刻みで再構成しました。

そこで見えてきた1995年のトップは、「どさん子」推定 約900店舗。

2位はどさん娘が約670店、3位はどさん子大将が約565店、4位はくるまやラーメンが533店です。

2026年の感覚から見ると、まるで別世界です。

筆者は関西で暮らしてきましたが、振り返ると、高校生の頃はラーメン藤、大学生では天下一品、社会人になってからはラーメン横綱、子どもができてからは丸源ラーメン、そして最近はちゃんぽん亭。

ラーメンチェーンの30年を調べていると、自分自身の生活の変化まで重なって見えてきました。

今回は「店舗数ランキング」という数字から、日本のラーメンチェーン30年史を振り返ります。

※本記事ではラーメンを主力とするブランドを対象とし、餃子の王将、大阪王将、リンガーハット、日高屋など総合中華・ちゃんぽん主体のチェーンはランキングから除外しています。
※1990年代など公式な年次データが残っていない時期は、確認できた前後の店舗数や「○店舗達成」といった記録から推定しています。

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1995年、札幌ラーメン系チェーンが圧倒していた

まず1995年の推定ランキングです。

順位チェーン店舗数
1どさん子約900
2どさん娘約670
3どさん子大将約565
4くるまやラーメン533
5ラーメンショップ約320
6Sugakiya約316
78番らーめん約156
8天下一品約110
9さつまラーメン約105
10味千拉麺約98

現在では想像しにくいのですが、上位3ブランドはいずれも札幌ラーメン系。

合計すると2000店舗を軽く超えます。

筆者と同年代以上なら、「そういえば昔は、どさん子の看板をよく見たな」という記憶がある人も多いのではないでしょうか。

今のように、スマートフォンで口コミを調べて目的の店へ向かう時代ではありません。

車で国道を走っていて、大きなラーメンの看板が見える。

「腹減ったし、ここで食べるか」

そんな選び方も今よりずっと多かったように思います。

一方、1994年3月6日には新横浜ラーメン博物館が開業しています。「全国各地のラーメンを飛行機に乗らずに食べに行ける」という発想から生まれた施設でした。

つまり1995年前後は、昔ながらの巨大FCチェーンがまだ圧倒的に強い一方で、ラーメンが「近所で食べるもの」から「有名店を探して食べに行くもの」へ変わり始めた時期でもあったわけです。

その頃の自分:高校生はラーメン藤で味噌ラーメン一択!

その頃、高校生だった私に身近だったのはラーメン藤でした。

そしてラーメン藤へ行くと、自分はほぼ味噌ラーメン一択でしたね。

ラーメン藤には醤油や味噌など複数の味があり、その中から「今日は何を食べようか」と選ぶのが普通でした。

今では、家系なら豚骨醤油、味噌専門なら味噌、煮干し専門なら煮干し、といったように、一つの味やスタイルを強く打ち出す店も珍しくありません。

もちろん当時にも味を絞った専門店はありましたが、1990年代半ばの自分の感覚では、今ほど「この店はこの一杯」という専門性を前面に出した店ばかりではなかったように思います。

関西圏で生活していた自分にとって、当時のラーメンは「有名店を探して食べ歩く趣味」というより、もっと生活の中にある食べ物でした。

その中で、ラーメン藤の味噌ラーメンは高校生時代の自分にとっての“いつもの一杯”だったわけです。

2000年、それでも王者はどさん子

5年後の2000年。

順位チェーン店舗数
1どさん子約600
2どさん娘約480
3くるまやラーメン約458
4どさん子大将約420
5ラーメンショップ約330
6Sugakiya約322
7らあめん花月嵐200
8天下一品約160
98番らーめん約152
10幸楽苑約115

どさん子はまだ1位ですが、1995年の約900店から、5年間で約600店へ減少してきました。

圧倒的だった旧来型ラーメンフランチャイズ網は、すでに縮小局面へ入っていたと考えられます。

一方、ランキング下位から急速に伸びてきたのが幸楽苑です。

幸楽苑の公式沿革では、1999年に100店舗を達成。その後2006年に300店舗、2008年には400店舗、2012年にはグループ国内500店舗を達成しています。

つまり、2000年代はまさに世代交代の途中でした。

その頃の自分:大学生は天下一品、最初は衝撃しかなかった

大学生になると、天下一品を知ってしまいました。

京都発祥ということもあり、関西人にとって天下一品は単なる全国チェーンとは少し違う存在です。

友達に「食ったこと無いラーメン食わしてあげる」と言われて、車で天下一品の北白川本店まで行き、そして初めて食べたときの衝撃は、今でもよく覚えています。

スープの上で麺が完全には沈みきらない。

箸で持ち上げると、こってりしたスープが麺にまとわりついてくる。

それまで自分が知っていたラーメンの「スープ」とは、明らかに別物でした。

正直に言うと、初回は途中でギブアップしました。

「これはちょっと重すぎるな……」

と思ったはずなのに、不思議なことに1週間ほどすると、なぜかまた食べたくなる。

学生仲間の間では、「絶対、スープに何かヤバいもの入ってるやろ」なんて冗談を言い合っていたくらいです。

一度目は「もう無理」

それなのに二度目がある。

そして気が付けば「今日は天一行く?」が普通になっている。

自分にとって天下一品は、ラーメンの価値観を一度壊した店でした。

それまでのラーメンは、醤油、味噌、塩といったスープの種類から選ぶもの。

ところが天下一品は、「天下一品という味」を食べに行く店です。

今でこそ、一つの味やスタイルに強烈な個性を持たせたラーメン店は珍しくありません。

でも当時の自分には、あのこってりは完全に異物でした。

そして面白いのは、自分が大学生だった時期と、ラーメン店が「どこでも同じような味を食べる場所」から、「その店にしかない一杯を食べに行く場所」へ変わっていった時期が重なっていることです。

天下一品は、自分にとってその変化を最初に強烈に感じさせた店でした。

2007年、ついに「どさん子時代」が終わる

今回の30年史で、最も重要な転換点の一つが2007年です。

ラーメンを主力とするチェーンだけで再構成すると、この年のTOP10は次のようになります。

順位チェーン店舗数
1幸楽苑359
2どさん子約340
3Sugakiya約331
4ラーメンショップ約321
5くるまやラーメン約314
6どさん娘約240
7どさん子大将約216
8らあめん花月嵐約212
9天下一品約204
10筑豊ラーメン山小屋約155

1995年以来トップだったどさん子を、幸楽苑がついに上回りました。

ここで「どさん子時代」が終わります。

1995年には約900店あったどさん子が約340店まで減少する一方、幸楽苑は1999年の100店舗達成から、2004年に200店舗、2006年に300店舗と急拡大。

そして2007年、ついに359店舗まで増えました。

この幸楽苑の伸びを語るうえで欠かせないのが、当時の圧倒的な安さです。

幸楽苑は2001年ごろから低価格路線を本格化し、2006年からは看板商品の「中華そば」を税抜290円で販売していました。

税込でも300円少々。今の感覚では、ちょっと信じられない価格です。

この290円ラーメンは非常に強く、ピーク時には売上高の3割強を占めるほどの看板商品になりました。

長いデフレが続いていた日本では、「安く腹いっぱい食べられる」こと自体が大きな競争力でした。

正直に言うと、自分自身は当時あまり幸楽苑が好きだったわけではありません。

ただ、店の前を通れば「290円」の文字は嫌でも目に入る。

「ラーメンが300円くらいで食べられる店」という印象はかなり強烈でした。

そして面白いのが2007年というタイミングです。

この頃になると、外食業界では人件費や食材価格の上昇が問題になり始め、大手チェーンの一部では値上げも行われるようになっていました。

つまり世の中では、「もう安売りだけでは厳しいのでは?」という空気が少しずつ出始めていた。

ところが幸楽苑は、その真ん中で290円ラーメンを武器に店舗網を広げていました。

麺や餃子を自社工場で大量生産し、物流をまとめ、店舗オペレーションを標準化する。

安さを実現できたのは、単なる値下げではなく、その裏側に大規模チェーンならではの仕組みがあったからです。

実際、幸楽苑の2008年3月期資料を見ると、既存商圏への出店を強化し、1年間で51店舗を新規出店。配送費や販売促進費の削減も図っていました。

昔ながらの巨大FC網から、

工場
物流
ドミナント出店
標準化
低価格

を組み合わせた企業型チェーンへ。

2007年の首位交代は、単に「人気店が入れ替わった」という話ではありません。

ラーメンチェーンの勝ち方そのものが変わった年だった、と見ることもできます。

ただし、この290円戦略は永遠には続きませんでした。

原材料費や人件費の上昇によって、幸楽苑は2015年に290円ラーメンを終了します。

その後、客数減少にもつながり、店舗数はピークから縮小していくことになります。

そう考えると2007年前後は、幸楽苑の低価格戦略が最も強く機能していた時代だったのかもしれません。、ラーメンチェーンの経営モデルそのものが変わったことを象徴しているようにも見えます。

その頃の自分:社会人になるとラーメン横綱

この頃の自分は社会人、車で動くことが増え、ラーメン横綱へ行く機会が増えました。

横綱の魅力は、何といってもあの豚骨醤油のスープと、気兼ねなくたっぷり入れられるネギ。

濃厚すぎないのにしっかりコクがあって、「今日は横綱が食べたい」と思わせる分かりやすい味がありました。

そして自分にとって欠かせなかったのが、ニンニクチップです。

ただ、社会人になると学生時代のように好き放題というわけにはいきません。

仕事で商談がある日は、「今日はニンニクやめとこう」と我慢する。

食べたいのに入れられない。これが地味につらいんです。

逆に、その日の商談がすべて終わった後は完全に解禁。

「今日はもう誰にも会わへんしええやろ」と、ニンニクチップを思い切り入れる。

そしてニンニク臭い口のまま車に乗って、そのまま帰路につく。

今振り返ると、そんな時間まで含めて横綱の思い出です。

学生時代は、単純に「うまい」「腹いっぱいになる」で店を選んでいました。

でも社会人になると、駐車場があって、仕事帰りでも寄りやすく、遅い時間でも入りやすい。

しかも、いつ行っても同じように満足できる。そういう「使いやすさ」がかなり重要になってきます。

国道沿いに大きな看板があって、広い駐車場がある横綱は、その頃の自分の生活スタイルにぴったり合っていました。

幸楽苑が290円ラーメンを武器に店舗数を伸ばしていた頃、自分が実際によく食べていたのは横綱。

全国の店舗数ランキングと、自分の好きな店は必ずしも一致しません。

ラーメンチェーン各社がロードサイド型を強化していった時代と、自分が車中心の生活になった時期が、ちょうど重なっていました。

2010年代、幸楽苑が500店規模へ

幸楽苑はその後も店舗網を拡大します。

2012年にはグループ国内500店舗を達成しました。

順位チェーン店舗数
1幸楽苑約521
2Sugakiya約363
3ラーメンショップ約316
4らあめん花月嵐約265
5天下一品約232
6来来亭約214
7くるまやラーメン約182
8どさん子約179
9山岡家138
108番らーめん約137

1995年には約65店と推定される幸楽苑が500店を超え、約900店あったどさん子は200店を下回る。

わずか20年間で立場が完全に逆転しました。

ここまで来ると「ラーメン屋の流行」というより、企業の出店戦略そのものが店舗数を大きく左右していることが分かります。

その頃の自分:子どもができると丸源ラーメン

そして子どもができると、ラーメン店の選び方がもう一度変わりました。

よく行くようになったのが丸源ラーメンです。

丸源へ行ってまず感じたのは、「ラーメン屋なのに、ものすごく家族で入りやすい」ということでした。

広い駐車場があって、店内も明るく清潔感がある。カウンターだけではなくボックス席や座敷席もあり、小さな子どもを連れていてもそれほど気を使わずに入れます。

子ども用の椅子だけでなく、ミルク用のお湯、離乳食、ブランケット、麺を切るためのハサミまで用意されています。

ここまで来ると、ラーメン専門店というより「ラーメンを主役にしたファミリーレストラン」に近い感覚です。

学生時代なら、自分が食べたいラーメンだけで店を決めればよかった。

でも子どもがいると、駐車場はあるか、座りやすいか、子どもが食べられるものはあるか、店内は清潔か。そんな条件が重要になります。

その全部を高いレベルで満たしていたのが、自分にとって丸源でした。

そして、もちろん便利なだけではありません。丸源の看板商品「肉そば」も好きでした。

3種類の醤油を合わせて熟成させたタレに、豚肉の旨味が溶け込んだスープ。

豚肉はチャーシューを数枚載せるのではなく、注文ごとに手鍋で煮込まれているので、肉の脂と旨味がそのまま醤油スープに混ざっていきます。

そこへ玉ねぎの甘みも重なって、醤油ラーメンなのにどこかすき焼きにも通じるような、甘辛くて肉の旨味がしっかりした味になる。

「肉を食べるラーメン」という名前がよく似合う一杯でした。

もう一つ、丸源へ行くと必ず子どもが頼んでいたのが鉄板玉子チャーハンです。

熱々の鉄板にチャーハンが載って出てきて、その周りに溶き玉子が流し込まれる。

ジュワッと音がしているうちに、自分で玉子とチャーハンを混ぜて仕上げます。

普通のチャーハンなら厨房で完成したものが運ばれてきますが、これは最後の仕上げを自分でする。

子どもにとっては、あの見た目と音だけでもちょっとしたイベントです。

刻みチャーシューの旨味が効いたチャーハンに、半熟の玉子を混ぜながら食べる。

ラーメンのサイドメニューなのに、丸源へ行く目的の一つになっていました。

考えてみると、丸源は子どもを連れて行きやすいから仕方なく選ぶ店ではありません。

  • 家族で入りやすい。
  • 店内がきれい。
  • 子ども向けのサービスが充実している。

そのうえで、大人がちゃんと食べたいと思える肉そばや鉄板玉子チャーハンがある。

だから子育て中の自分にハマったのでしょう。

2026年4月の日本ソフト販売調査では239店舗。2025年の221店からさらに18店増えています。

店舗数が伸びているのを見ると、自分と同じように「家族でラーメンを食べるなら丸源」と感じた人は、かなり多かったのかもしれません。

2020年代、次の世代が一気に伸び始めた

2020年代になると、幸楽苑はピーク時より店舗数を減らします。

その一方で、丸源ラーメン、山岡家、田所商店、町田商店、魁力屋といった新しい世代のチェーンが一気に伸びてきました。

2026年4月時点のラーメン系チェーンを店舗数順に並べると、次のようになります。

順位チェーン店舗数
1幸楽苑351
2Sugakiya253
3来来亭243
4丸源ラーメン239
5天下一品197
6田所商店194
7町田商店187
8山岡家186
9らあめん花月嵐181
10魁力屋177

こうして見ると、幸楽苑はまだ首位を維持していますが、その下の顔ぶれは1990年代とは完全に別物です。

特に伸びが目立つのが町田商店、魁力屋、丸源ラーメンです。

町田商店は2025年の166店から2026年には187店へ、魁力屋は154店から177店へ、丸源ラーメンも221店から239店へ増えています。

さらに田所商店も194店、山岡家も約190店規模まで成長しています。

1995年には存在していなかった、あるいはまだごく小さかったチェーンが、今ではトップ10の中心になっています。

一方で、かつて圧倒的だったどさん子系やくるまやラーメンは上位から姿を消しました。

30年で「強いラーメンチェーン」の条件そのものが変わったことがよく分かります。

なおラーメンショップについては、独立性の高い店舗が同じ屋号を使用するネットワーク型で、一般的な企業管理型チェーンとは店舗数の意味が少し違います。

そのため、この2026年ランキングでは別枠として扱っています。

2024年、ラーメン店の倒産は過去最多に

新しいチェーンが伸びている一方で、ラーメン店経営そのものは決して簡単ではありません。

東京商工リサーチによると、2024年のラーメン店倒産は57件。

前年の45件を上回り、集計開始以降で最多となりました。食材費や運営コストの上昇などが背景にあります。

そんな環境でも店舗数を伸ばすチェーンがある。

価格だけではなく、立地や商品の魅力、ブランド力まで含めた総合力が問われる時代になっています。

50代の今は、普段はちゃんぽん亭。出張では山岡家

現在、普段よく食べるのは、「ちゃんぽん亭」です。

ちゃんぽんって長崎じゃないの?と思う人も多いと思いますが、実は近江ちゃんぽんというジャンルがあります。

若い頃は天下一品のこってりや、横綱にニンニクをたっぷり入れたようなパンチのある味が好きだったのに、最近はあっさりしただしのラーメンが妙にうまく感じるようになりました。

「年を取ったということなのかな」と、自分でも少し思います。

ちゃんぽん亭のスープは、国産昆布や削り節などから取っただしに、熟成したかえしを合わせた黄金色のスープ。そこへたっぷりの野菜の甘みが加わります。

豚骨の濃厚さや脂で押してくるラーメンではなく、だしの旨味で食べさせる。

これが今の自分にはちょうどいい。

そして近江ちゃんぽんで欠かせないのが、途中から入れるお酢です。

最初はそのまま食べて、だしの味を楽しむ、半分くらい食べたところでお酢を投入。自分はここでかなりたっぷり入れます。

すると、それまでの優しいだしの味が一気に引き締まり、酸味が加わって別のラーメンのようになる。

一杯の途中で味が変わるので、最後まで飽きません。

最近、山岡家に触れてしまった

ただ、最近もう一つ強烈にハマった店があります。

山岡家です。

こちらは普段行く店というより、関東へ出張したときに入ったのがきっかけでした。

関西ではまだ店舗が少なく、自分の生活圏で気軽に通える店ではありません。

だからこそ、出張先であの赤い看板を見ると気になってしまう。

実際に食べてみると、普段ちゃんぽん亭であっさりしただしを好んでいる人間とは思えないくらい、しっかり濃い山岡家のラーメンにもハマってしまいました。

50歳になって「あっさり派になった」と思っていたのに、結局こってりしたラーメンも好きらしい。

そのあたりは、昔からあまり変わっていないのかもしれません。

山岡家は1997年の20店から、2026年には約200店規模まで成長しました。

自分が若かった頃にはほとんど意識していなかったチェーンが、今になって出張時に行くのが楽しみな店になっている。

これも30年間の変化を実感する出来事の一つです。

ラーメンチェーン30年の勢力図をまとめると

今回の店舗数調査を大きな流れにしました。

時代主な動き
1990年代どさん子・どさん娘・くるまやなど旧来FCが圧倒
2000年代前半旧勢力が縮小、幸楽苑が急拡大
2007年頃幸楽苑がどさん子を抜き、新しい最大勢力へ
2010年代幸楽苑が500店規模に成長
2020年代幸楽苑縮小、丸源・山岡家・田所・町田商店・魁力屋などが台頭

30年間を通して見ると、「札幌ラーメン系巨大FCの時代」から、「工場・物流を武器に大量出店する企業型チェーンの時代」そして、「味や業態に特徴を持ちながら、ロードサイドや家族需要まで取り込む専門チェーンの時代」へ移ってきたように見えます。

10年後、このランキングはまた変わっているはず

1995年のランキングを見て、

「30年後には、丸源や山岡家が全国規模になっている」

と予想できた人はほとんどいなかったでしょう。

だから2026年のランキングもまだまだ完成形ではありません。

  • 丸源がもっと増えているかもしれない。
  • 山岡家かもしれない。
  • 町田商店かもしれない。
  • 魁力屋かもしれない。

あるいは、今はまだ数店舗しかない店が2036年には全国を席巻しているかもしれません。

30年という時間でラーメンチェーンの勢力図は、これほど大きく変わります。

そして10年後、自分は60歳。

その頃には、また違うラーメンを好きになっているのかもしれません。

調査データについて

今回のランキングは、企業公式サイト、IR資料、有価証券報告書、当時の新聞記事、業界資料、店舗一覧などから店舗数を収集し、1995年から2026年まで1年刻みで再構成したものです。

公式値が確認できる年はその数字を使用し、確認できない年については前後の実測値や「100店舗達成」などの記録から推定しています。

特に1990年代のFCチェーンについては、現在のように毎年店舗数を公表していないケースが多いため、古い年代は1店舗単位の厳密な順位ではなく、

「当時どのチェーンが、どの程度の規模だったのか」

を見るための推定ランキングとしてご覧ください。

また、ラーメンショップ、どさん子系、ラーメン大学などは、暖簾分けや独立性の高い店舗を含む場合があり、現在の企業管理型チェーンとは店舗数の定義が異なる場合があります。

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