「数字合わせ」それとも「救済」? 障害者雇用ビジネスの光と影を考える

雑記
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2025年12月、株式会社スタートラインが上場したニュースをご存じでしょうか。この会社が行っているのは、企業が障害者を雇用するための「場所」「サポート」をセットで提供するサービスです。

仕組みはこうです。 ある企業が障害を持つ方を採用します。でも、その方は本社には通いません。代わりに、スタートライン社が用意したサテライトオフィスや屋内農園(IBUKI)に出勤し、そこで専門スタッフのサポートを受けながら働きます。

このビジネスモデルは、障害者雇用に悩む多くの企業にとって「救世主」として歓迎されています。一方で、

「雇用をお金で解決しているだけではないか?」
「本当の意味で一緒に働いていると言えるのか?」

といった議論も呼んでいます。

今回は、この「場所もサポートもお任せする」新しい雇用のカタチについて、福祉をビジネスにすることの「メリット」と「課題」を、少し立ち止まって考えてみたいと思います。

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【メリット】現実的な「働く場所」が生まれること

まずは、このビジネスが社会にもたらした「功績」について見てみましょう。一番のポイントは、「これまで一般企業で働くのが難しかった人たちに、働くチャンスが生まれた」という点です。

企業の「限界」をプロが埋める

同じオフィスで一緒に働く

理想を言えば、障害のある方もない方も、同じオフィスで一緒に働くのが一番です。でも、現実はそう簡単ではありません。例えば、オフィスの電話の音が苦手だったり、急な体調変化でこまめな休憩が必要だったりする方もいます。

忙しい一般企業の現場で、上司や同僚が常にそれをサポートできるかというと、余裕がないのが実情ではないでしょうか。

スタートラインのような会社は、「支援のプロ」です。科学的な根拠に基づいたサポート体制が整っています。「プロに任せる」ことで、結果としてその人が安心して長く働けるなら、それは一つの正解と言えるはずです。

「福祉」ではなく「ビジネス」としての給与

日本には「作業所(就労継続支援B型など)」という福祉の働く場がありますが、そこでの工賃(お給料)は月額1〜2万円程度ということも少なくありません。

就労継続支援B型

一方で、今回のスキームを使えば、障害者の方は一般企業と直接雇用契約を結びます。つまり、最低賃金以上のお給料がもらえて、社会保険にも入れます。

たとえ本社とは別の場所であっても、自分でお金を稼いで生活できること。これは、ご本人にとって非常に大きな「メリット」です。

また、障害者本人が自分の稼ぎで生活できるようになることは家族の方の安心にもつながります。

理想的な環境が整うのを待って生活が苦しくなるより、今の現実を変える選択肢があることは重要です。

【課題】「数字」のための雇用と、見えなくなる顔

一方で、この仕組みには見過ごせない「課題」もあります。それは、働くことの意味や、企業としての姿勢に関わる問題です。

「法定雇用率」を買うという感覚

もっとも強く心配されているのが、企業が「法律で決まった障害者雇用の数字(法定雇用率)を達成するために、お金で解決してしまう」ことです。

本来、障害者雇用というのは、いろんな人が社会や会社の中に当たり前にいる状態を目指すものです。しかしこの仕組みでは、障害を持つ社員は遠く離れた別のオフィスにいて、本社の社員と顔を合わせることはほとんどありません。

これでは、企業側に「障害者を雇っている」という数字の実績だけが残り、現場の社員には「共に働く経験」が蓄積されません。「法律を守るためのコスト」として割り切ってしまっていないか、という疑問が残ります。

仕事の「やりがい」とつながり

特に農園型のビジネスで指摘されることですが、「IT企業の正社員として採用されたのに、仕事はずっと遠くの農園でハーブ作り」というケースがあります。

もちろん、農作業が合っている方もいます。でも、「本社では受け入れ体制がないから」という理由だけで、本人のキャリアや適性に関係なく、単純作業をお願いし続けることは正しいのでしょうか?

やりがい

そこで作られた作物が社員食堂で配られるとしても、それは会社のメインの事業とは切り離されています。「自分は会社の役に立っている」という実感(貢献感)を持てるのか、それとも「お給料が出るリハビリ」のような扱いになってしまうのか。その境界線はとても曖昧です。

福祉とビジネスの間で、私たちが考えるべきこと

福祉をお金に変える

「福祉をお金に変える」こと自体は悪いことではありません。しっかり利益が出るからこそ、質の高い支援を続けられる側面もあります。今回の上場も、サービスがより良くなるきっかけになるかもしれません。

ただ、私たちが気をつけなければならないのは、「企業がそこで努力をやめてしまうこと」です。 便利なサービスを使えば使うほど、社内から障害を持つ方の姿が見えなくなり、

「障害者雇用はアウトソーシング先に任せればいい」

となってしまう。これでは、いつまでたっても「当たり前に一緒にいる社会」はやってきません。

結論:これは「ゴール」ではなく「通過点」

今の段階では、こうした代行型のサービスは「必要なインフラ」だと言えます。この仕組みがあるおかげで、今日、安心して働けている人がたくさんいるからです。

私もスタートライン社の取り組みには賛成の立場です。

でも、これを「これで解決、よかったね」というゴールにしてはいけません。 企業は「外にお願いしているから安心」ではなく、「将来的にはどうやって一緒に働けるかな?」と考え続ける必要があります。

架け橋

そしてサービスを提供する側も、いつかは利用者が一般の環境へ羽ばたけるような「架け橋」になってほしいと願います。

利益を生むこと以上に、「このビジネスがいらないくらい、誰もが自然に働ける社会」を目指せるか。それが、福祉をビジネスにする人たち、そして利用する企業に問われている責任なのかもしれません。

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