もし、あなたの街の選挙で、たった一つの政党から立候補した人だけが、投票日を前に次々と亡くなったら…? しかも、その数、7人。
「何者かによる連続暗殺か?」
「呪われた政党だ!」
日本中がパニックになり、テレビやネットは憶測と陰謀論であふれかえるでしょう。しかし、これは空想のサスペンスドラマではありません。2025年のドイツで、今まさに起きている現実なのです。

極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」の候補者だけが7人も死亡――。
このニュースは、実業家のイーロン・マスク氏までが言及したことで世界的な注目を集めました。しかし、日本ではほとんど報じられていません。
今回は、このミステリーのような事件の真相を追いながら、なぜドイツ社会がこれほどまでに疑心暗鬼に陥っているのか、そして、それが決して「遠い国の出来事ではない」理由を解説します。
陰謀論が世界を席巻「統計的にあり得ない!」

舞台は、2025年9月14日に地方選挙を控えるドイツ最大の州、ノルトライン=ヴェストファーレン州。日本の神奈川県や大阪府のように、国の経済や政治を左右する重要な地域です。
ここで、選挙の届け出後、極右政党AfDの候補者がわずか数週間のうちに7人も相次いで亡くなるという衝撃的な事態が発生しました。
この異常事態に、ドイツのSNSは炎上。AfDの党首自らも「統計的にありえない」と示唆する投稿を拡散し、人々の疑念を煽りました。
- 「政府による暗殺だ!」
- 「反対勢力による口封じに違いない」
- 「これは偶然では済まされない」
陰謀論は瞬く間に広がり、イーロン・マスク氏がX(旧Twitter)でこの話題に触れたことで、火に油を注ぐ結果となったのです。
しかし…警察が明かした“退屈な”真相

ところが、世界中が固唾をのんで見守る中、ドイツの警察や選挙管理委員会は驚くほど冷静でした。
彼らが発表した見解は、陰謀論者たちが期待したものとは全く違う、いわば“退屈な”ものだったのです。
ポイント1:死因に「事件性」は一切なし

警察の捜査の結果、亡くなった7人の死因は、腎不全や心臓発作といった持病による自然死、あるいは自殺と判明。
どのケースにおいても、第三者が関与した形跡は一切発見されませんでした。つまり、ミステリー小説のような「連続殺人」ではなかったのです。
ポイント2:「亡くなったのはAfD候補者だけではなかった」という事実

そして、これが最も重要なポイントです。州の選挙管理委員会は、驚くべき事実を公表しました。
「今回の選挙期間中に亡くなった候補者は、全政党を合わせると16人にのぼる」
つまり、中道左派の社会民主党(SPD)や緑の党など、他の主要政党でも候補者は亡くなっていたのです。
地方選挙の候補者は比較的高齢な人物も多く、激務である選挙準備期間中に健康上の理由で亡くなること自体は、統計的に見て珍しいことではなかった、というのが公式見解でした。
なぜAfDだけが狙われたように見えたのか?
ではなぜ、16人もの死亡者の中で、AfDの7人だけがこれほどまでに注目され、陰謀論の的となったのでしょうか?
その背景には、ドイツ社会が抱える根深い問題と、AfDという政党の特殊性が隠されています。
理由①:候補者の「年齢構成」という不都合な真実

一つの可能性として指摘されているのが、AfDの候補者や支持者の平均年齢が、他のリベラルな政党に比べて高い傾向にあるという点です。
候補者全体の母集団が高齢であれば、当然、死亡率も高くなります。「統計的にありえない」という主張は、この年齢構成という前提を無視した、意図的なミスリードだった可能性があるのです。
理由②:ドイツ社会を蝕む「深刻な政治不信」

現在のドイツは、ウクライナ情勢によるエネルギー価格の高騰、移民・難民問題の深刻化など、多くの社会不安を抱えています。こうした不満の受け皿としてAfDは支持を急拡大させましたが、同時に社会の分断も深刻化させました。
既存の政治やメディアに対する根強い不信感が渦巻く中で、多くの人々が
「政府や警察の発表は嘘だ」
「何か裏があるに違いない」
と、公式見解よりも刺激的な陰謀論を信じやすい土壌が出来上がっていたのです。
理由③:AfD自身が使う「陰謀論」という武器

AfDは、これまでもSNSなどを駆使し、「既存メディアが伝えない真実」と称して、半ば陰謀論的な主張で支持を広げてきた政党です。
今回の騒動で、彼らは自らが「体制から弾圧される悲劇のヒーロー」であるというイメージを演出し、支持者の結束を強める絶好の機会と捉えたのかもしれません。
事件性がなくとも、人々が「暗殺かもしれない」と信じてしまうほどの社会の疑心暗鬼こそが、彼らにとっては最大の武器なのです。
日本メディアが沈黙する理由と、報じないことのリスク

これほどドラマチックな事件を、なぜ日本の主要メディアはほとんど報じないのでしょうか?
- 「事件性なし」という公式発表を重視した
- 根拠のない陰謀論を助長するリスクを避けた
- そもそもドイツの「地方選挙」への関心が低い
これらは報道機関として、もっともな判断かもしれません。しかし、このニュースを単なるゴシップとして切り捨て、報じないこと自体が、本質を見失わせるリスクを孕んでいます。
この一連の騒動は、「候補者の連続死」という事実そのものよりも、一つの出来事を巡って、社会がいかに分断され、人々が何を信じるかを選択するようになってしまったかを象徴しています。
対岸の火事ではない。ドイツの“ミステリー”が日本に突きつける警告

「政治家なんて誰も信用できない」
「メディアは本当のことを言わない」
こうした言葉は、今の日本でも決して珍しいものではありません。
ドイツで起きたこの奇妙な出来事は、政治不信や社会の分断が極限まで進んだ時、人々がどれほど簡単に「ありえない物語」を信じてしまうかという、未来への警告です。
事件性がないから報じない、遠い国の話だから関係ない、で済ませてはいけない。このニュースの裏側にある人々の不安や怒りは、いつか日本の社会にも牙を剥くかもしれないのです。
私たちは、ドイツの“ミステリー”から、現代社会が抱える病理を学ぶべきではないでしょうか。
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