グレープフルーツのシロップ漬けを食べようとして、何気なく容器の表示を見てみました。
そこに書かれていた原産国は「エスワティニ王国」
一瞬、「どこだ、それ?」となりました。

名前からはヨーロッパや中東の国にも聞こえますが、調べてみると、エスワティニはアフリカ南部にある小さな王国でした。
しかも、アフリカ最後の絶対君主制国家と呼ばれ、経済は南アフリカ共和国と強く結びつき、公衆衛生では深刻な課題と大きな改善の両方を経験しています。
さらに、アフリカ大陸で唯一、台湾と正式な国交を維持している国でもあります。
ひとつのグレープフルーツから見えてきた、思いのほか奥深い国でした。
エスワティニ王国はどこにある?
エスワティニ王国は、アフリカ大陸の南部にある内陸国です。
国土の北・西・南側を南アフリカ共和国に囲まれ、東側の一部がモザンビークと接しています。海には面していません。
面積は約1万7,000平方キロメートルで、日本の四国より少し小さい程度。人口は約130万人です。

行政上の首都はムババーネですが、国王の宮殿や議会が置かれるロバンバも事実上の首都として扱われています。小さな国でありながら、役割の異なる二つの首都を持っているのです。
西部には標高の高い山地があり、東へ進むにつれて低地が広がります。地域によって気温や降水量が異なるため、サトウキビやグレープフルーツ、パイナップルなど、さまざまな農産物が作られています。
以前は「スワジランド」と呼ばれていた
エスワティニは新しく誕生した国ではありません。
19世紀、国王ムスワティ2世の時代にスワジ人の王国として勢力を拡大し、現在の国家につながる基礎が作られました。
その後、南部アフリカへ進出したイギリスの統治下に入り、1900年代初頭から「スワジランド」として管理されます。1968年9月6日にイギリスから独立し、国王を中心とする国家として歩み始めました。
大きな転機となったのが2018年です。
独立50周年を迎えた際、国王ムスワティ3世が国名を「スワジランド王国」から「エスワティニ王国」へ変更しました。
エスワティニは現地のスワティ語で「スワジ人の土地」を意味します。植民地時代に付けられた英語名ではなく、自分たちが使ってきた名称へ戻すという意味がありました。
なお、「スワジランド」と「スイス」の英語名が紛らわしいことも、変更理由のひとつとして挙げられています。
現在も国王が強い権限を持つ

エスワティニでは、1986年に即位したムスワティ3世が現在も国王を務めています。
憲法や議会、選挙は存在しますが、国王は首相や議員の一部を任命するなど、政治に強い権限を持っています。政党単位で選挙に参加する制度も認められていません。
そのため、エスワティニは「アフリカ最後の絶対君主制国家」と呼ばれます。
伝統文化と王室が国民の結びつきを保ってきた一方で、政治参加や言論の自由、王室関連支出などをめぐっては批判もあります。2021年には民主化を求める大規模な抗議活動も発生しました。
伝統を守る王国という一面だけでなく、政治改革を求める国民との間に緊張を抱えている国でもあるのです。
なぜグレープフルーツのシロップ漬けを作っているのか
エスワティニの主要産業として重要なのが、農業と農産物加工です。

特にサトウキビの生産が盛んで、砂糖は輸出や雇用、政府収入を支える重要な商品となっています。ほかにも柑橘類、パイナップル、トウモロコシ、林産物、牛などが生産されています。
現地には、グレープフルーツやパイナップルを缶詰、ジュース、濃縮果汁などへ加工する工場もあります。生の果物をそのまま輸出するだけでなく、保存性の高い加工食品にすることで、遠く離れた日本や欧州にも届けられるのです。
つまり、グレープフルーツのシロップ漬けに「エスワティニ王国」と書かれていたのは、決して珍しい偶然ではありません。
農業と食品加工を結びつけて外貨を稼ぐ、エスワティニの産業構造が、あの小さな容器に表れていたともいえます。
現在の経済全体ではサービス業が国内総生産の半分以上を占め、製造業を中心とした工業も約3分の1を担っています。食品加工のほか、砂糖関連、飲料原料、繊維・衣料なども重要な産業です。
経済は南アフリカ共和国に大きく依存
エスワティニ経済を理解するうえで、南アフリカ共和国との関係は外せません。
世界銀行の資料によると、エスワティニは輸入の約85%、輸出の約60%を南アフリカに依存しています。食料や燃料、機械、日用品の多くが南アフリカ経由で入ってくるため、同国の景気や物流がエスワティニの暮らしに直結します。
通貨にも強いつながりがあります。
エスワティニの通貨はリランゲニですが、価値は南アフリカのランドと1対1で連動しています。国内では南アフリカ・ランドも法定通貨として利用できます。
さらにエスワティニは、南アフリカ、ボツワナ、レソト、ナミビアと南部アフリカ関税同盟を構成しています。同盟内で集められた関税収入の分配金は、エスワティニ政府にとって重要な財源です。IMFによると、この分配金は政府収入の平均約39%を占めてきました。
地域統合によって小国でも大きな市場へアクセスできる一方、南アフリカの景気悪化や関税収入の減少が、そのまま財政悪化につながる弱さも抱えています。
HIVと結核という深刻な公衆衛生問題

エスワティニについて調べると、避けて通れないのがHIV/AIDSの問題です。
米国CDCの推計では、2023年時点で15歳から49歳のHIV感染率は25.1%。成人のおよそ4人に1人という非常に高い水準です。
HIVによって免疫機能が低下すると結核を発症しやすくなるため、両方の対策を同時に進める必要があります。2023年に報告された結核患者のうち、HIVにも感染している人の割合は66%に達していました。
ただし、何も手を打っていないというわけでもありません。
政府や国際機関による検査、予防、抗ウイルス治療の普及により、新たなHIV感染者は2010年の約1万4,000人から、2024年には4,000人未満まで減少しました。結核の発生率や死亡者数も以前より大きく改善しています。
一方で、地方における医療へのアクセス、安全な水や衛生設備、貧困や若者の失業といった問題は今も残されています。世界銀行によると、2023年の若年失業率は56%に達しており、経済格差も公衆衛生を難しくする要因です。
アフリカで唯一、台湾と正式な国交を持つ国
エスワティニには、国際政治上もうひとつ大きな特徴があります。
現在、アフリカ大陸で台湾と正式な外交関係を持っている国はエスワティニだけです。
両国の国交は、エスワティニがイギリスから独立した1968年に始まりました。当時は中華民国が国連で中国の代表権を持っていたため、国交樹立そのものは特別に珍しい選択ではありませんでした。
状況が変わったのは、1971年に中華人民共和国が国連で中国の代表権を得て以降です。アフリカ諸国の多くは、経済力を拡大させた中国との関係を重視し、台湾との国交を相次いで解消しました。
2018年にブルキナファソが台湾と断交してから、エスワティニは台湾にとってアフリカ唯一の正式な友好国となっています。
60年近く続く関係は「支援」だけでは語れない

台湾はエスワティニで、農業、医療、教育、給水、地方の電化、情報通信などの支援を続けてきました。
エスワティニ政府の資料によると、現在も飲料水や衛生設備の整備、ICT環境の構築など、複数の協力事業が進められています。公衆衛生上の課題を抱える同国にとって、台湾の医療・技術協力は現実的な価値を持っています。
もちろん、国交維持には双方の利益があります。
エスワティニは台湾から資金や技術協力を受けられ、台湾は国際社会で正式に国家として支持してくれる貴重な友好国を確保できます。一方、民主主義を掲げる台湾が絶対君主制国家を支援することについては、政治的な矛盾を指摘する声もあります。
それでも、中国との関係を選ぶアフリカ諸国が圧倒的に多いなか、エスワティニが60年近く台湾との国交を維持してきた事実は軽くありません。
小国が大国の意向だけで外交相手を決めず、長年築いてきた関係を守る姿勢は評価できます。台湾側にとっても、単に国交国の数を維持するだけでなく、医療や農業など目に見える形で現地の暮らしに貢献し続けることが、この関係を正当なものにする条件でしょう。
食品の裏側には、知らなかった世界がある

グレープフルーツのシロップ漬けに書かれていた、見慣れない国名。
そこから調べてみると、農業と食品加工で世界とつながりながら、南アフリカへの経済依存、公衆衛生、貧困、政治改革という難しい課題を抱える小さな王国が見えてきました。
そしてエスワティニは、台湾との関係を現在も守る、アフリカでただひとつの国でもあります。
普段は気にせず捨ててしまう食品の容器にも、その国の気候や産業、歴史、さらには国際政治まで詰まっています。
これから輸入食品を手に取ったときは、原産国の表示をもう一度見てみようと思います。
そこには、まだ名前も知らない国への入口があるかもしれません。


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