2017年6月に中国で施行された「国家情報法」。この法律が、今や日本企業や個人の活動に深刻な影響を及ぼす「見えざる脅威」として、大きな懸念を呼んでいます。一見、中国国内の法律と思われがちですが、その適用範囲の広さと義務の強制力から、日本にとっても決して対岸の火事ではありません。
本記事では、中国の国家情報法の詳細な内容、なぜ日本に影響を与えるのか、そして実際にどのような事態が起きているのかを具体的な事例を挙げて詳しく解説します。
中国「国家情報法」の核心とその恐るべき内容

中国国家情報法は、「国家の安全と利益を守る」ことを目的に制定されました。この法律の最大の特徴であり、最も懸念されるのが第七条の規定です。
第七条 いかなる組織及び個人も、法に基づき国家の情報活動に協力しなければならない。
この条文は、中国国内のあらゆる企業や個人のみならず、中国国外にいる中国国民や中国企業に対しても、中国政府の情報活動への協力を法的に義務付けるものです。
つまり、中国政府が「国家の情報活動」と判断すれば、企業が持つ機密情報や顧客データ、個人が持つ情報などを提供するよう要求でき、それを拒否することは法律違反となります。
さらに、国家情報機関には、立ち入り調査、通信の傍受、財産の差押えといった極めて広範な権限が与えられており、その活動は事実上、司法のチェックが及びにくい構造になっています。
なぜ日本に影響が及ぶのか? 3つの具体的リスク
この法律が、なぜ遠く離れた日本の私たちに関係するのでしょうか。その影響は主に「経済・技術」「邦人保護」「日常生活」の3つの側面から考えることができます。
経済・技術情報の流出リスク

中国に進出している日本企業や、中国企業と取引のある日本企業は、常に情報流出のリスクに晒されることになります。例えば、以下のようなケースが想定されます。
- 現地法人の従業員を通じた情報収集:
中国人の従業員が当局から協力を求められた場合、企業の持つ設計図、研究開発データ、顧客リストなどの機密情報を提出せざるを得なくなる可能性があります。 - 合弁事業や技術提携からの流出:
共同で事業を行う中国企業を通じて、日本の最先端技術やノウハウが中国政府に渡るリスクがあります。 - 通信インフラやIT製品を通じた情報漏洩:
ファーウェイ(華為技術)に代表されるように、中国製の通信機器やソフトウェア、クラウドサービスなどを利用した場合、システムに「バックドア(裏口)」が仕掛けられ、情報が中国政府に筒抜けになる懸念が指摘されています。
日本人の拘束リスク

中国に渡航・滞在する日本人ビジネスマン、研究者、留学生なども例外ではありません。本人はそのつもりがなくても、中国当局の定義する「スパイ行為」に関与したと見なされ、拘束されるリスクが高まっています。
国家情報法や、2023年に改正された「反スパイ法」により、何が「国家の安全に危害を及ぼす」と判断されるかの基準は非常に曖昧です。
例えば、地質調査、学術的な社会調査、あるいは特定の人物との接触などが、後付けでスパイ行為と認定される可能性も否定できません。
日常生活に潜むリスク

スマートフォンアプリやPCソフトなど、日常生活で利用するITサービスも無関係ではありません。特に、中国企業が提供するサービスは、国家情報法に基づき、利用者の個人情報を中国政府に提供する可能性があります。
氏名や連絡先だけでなく、位置情報、閲覧履歴、交友関係といったプライベートな情報が収集・分析されるリスクも考慮する必要があります。
現実に起きている具体的脅威の3つの事例
国家情報法がもたらす脅威は、単なる杞憂ではありません。すでに、日本企業や日本人にとって現実の脅威となっています。
相次ぐ日本人の拘束

2015年以降、中国ではスパイ容疑などを理由に十数人の日本人が拘束されています。近年では、2023年3月に製薬大手アステラス製薬の日本人社員が拘束され、大きな衝撃を与えました。
これらの拘束の法的根拠の一つとして、国家情報法や反スパイ法が関連しているとみられています。具体的な容疑が明らかにされないケースも多く、日本側からの解放要求も難航しています。
ファーウェイ(Huawei)製品の排除

1期目の米トランプ政権では、ファーウェイの通信機器が中国政府の諜報活動に利用される恐れがあるとして、政府機関での使用を禁止し、同盟国にも同調を求めました。
この背景にあるのが、国家情報法第七条の「協力義務」です。企業が政府の要求を拒否できない以上、製品にバックドアが仕込まれている可能性を排除できないという論理です。
日本政府も、事実上、政府調達からファーウェイ製品を排除する方針を取っています。
TikTokなど身近なアプリへの懸念

世界的な人気を誇る動画投稿アプリ「TikTok」も、運営するバイトダンス社が中国企業であることから、利用者データが中国政府に渡るリスクが指摘されています。
インドでは使用が禁止され、アメリカでも政府機関での使用が制限されるなど、各国で警戒感が高まっています。これも国家情報法が根底にある懸念の表れと言えます。
私たちに求められる対策

このような状況に対し、日本政府は経済安全保障推進法を制定するなど、重要技術の保護やサプライチェーンの強靭化を進めています。企業や個人も、このリスクを正しく認識し、自衛策を講じることが不可欠です。
- 企業の求められる対策
中国事業における情報管理体制の抜本的な見直し、従業員への教育徹底、サプライチェーンにおける中国製品のリスク評価、サイバーセキュリティ対策の強化などが求められます。 - 個人に求められる対策
中国へ渡航する際は、現地の法律や社会情勢を十分に理解し、不必要な情報機器を持ち込まない、写真撮影の場所に注意するといった慎重な行動が必要です。また、日常的に利用するアプリやサービスについても、提供元やプライバシーポリシーを確認し、情報漏洩のリスクを意識することが重要になります。
中国国家情報法は、現代のグローバル社会における新たなリスクを浮き彫りにしました。経済的な結びつきが強い隣国だからこそ、その動向を注視し、冷静かつ的確な備えを進めていくことが、日本の国益、企業、そして私たち一人ひとりの安全を守る上で極めて重要です。
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