今年の夏も暑いですがテレビでは毎日ロサンゼルス五輪の熱戦が報じられ、日本中が沸き立っています。しかし、われわれはそんな世間の喧騒から少し離れた場所で、ブラウンディスプレイに映し出される、静かな、それでいて熱い冒険に夢中になっているのです。
今年の初めにBPSから発売されたPC-8801用ソフト、『ザ・ブラックオニキス』 。発売から半年以上が経過した今、その人気は口コミでじわじわと広がっています。このゲームは単なる「ゲーム」という言葉では片付けられない、新しい体験を味合わせてくれています。
「ロールプレイング」という未知の体験

「ロールプレイングゲーム(以下RPG)」という、新しいジャンルを引っ提げて現れた本作。たびたび紹介してきた『ウィザードリィ』という始祖が有名ですが、この『ブラックオニキス』は、驚くほどシンプルでありながら、RPGの本質的な面白さを我々に教えてくれました。
まず、ゲームを始めて最初にすること、それは「ユウシ ヲ ツクル」ことです 。名前を入力し、そして驚くべきことに、キャラクターの髪型と服の色を視覚的に選べるのです 。
たったこれだけのことで、画面の中の彼は、もう単なるデータではありません。まぎれもなく「自分の分身」として、そこに存在するのです。この感覚は、これまでのゲームでは味わえなかった、強烈な没入感をもたらします。
方眼紙こそが、冒険の証

冒険の拠点「ウツロの町」から一歩、地下迷宮へと足を踏み入れると、そこはワイヤーフレームで描かれた3D空間が広がっています。地下を冒険するときは必ずマッピングしましょう。我々の冒険に不可欠なのは、机の横に置かれた方眼紙と、芯の尖った鉛筆です。
一歩進んでは壁にぶつかり、向きを変え、通路のマス目を数える。この地道な作業こそが、未知の迷宮を自分の手で解き明かしていく冒険そのものなのです。少しずつ埋まっていく手書きの地図は、幾多の全滅を乗り越えてきた者だけが手にできる、誇らしい「冒険の記録」に他なりません 。
戦闘もまた、極めてシンプルです。「たたかう」「はなす」「にげる」の3つだけ 。魔法などという便利なものは存在せず 、頼りになるのは町で買い揃えた武具と、自らのレベルだけ。
HPが減れば、なけなしのゴールドを握りしめて町の病院へ駆け込むしかありません 。この厳しさが、ダンジョンの一歩一歩に重みを与え、探索の緊張感を極限まで高めています。
友との情報交換が、唯一の攻略本

「井戸の底にいるクラーケンは、生半可なレベルじゃ絶対に勝てないらしいぞ」
「地下深くで出会うバーバリアンを仲間にできれば、相当強いらしい」
そんな噂話に一喜一憂しながら、我々は手探りで迷宮を進んでいきます。そして今、多くのプレイヤーを悩ませているのが、地下6階の「カラー迷路」と、町で聞ける「イロ、イッカイヅツ」という謎のメッセージです 。
ブラックオニキスの最強防具はこのまほうのマントです。実はこのマントは店では売っていません。地下5階に出てくる透明の敵「Hider」を倒すと手に入る特別な防具です。

どうやら、色のついた床を正しい順番で踏まなければ、先へは進めないらしいのです。友人たちと顔を突き合わせ、ああでもないこうでもないと議論を重ねる日々。これもまた、このゲームの楽しみ方の一つなのでしょう。
結論:日本のゲーム史は、静かに動き出した

『ザ・ブラックオニキス』は、派手なアクションやグラフィックで我々を驚かせるゲームではありません。しかし、自分の分身を育て、未知の世界を自らの手足で探検していくという、根源的な楽しさを教えてくれました。
世間では「かい人21面相」を名乗る犯人が企業を脅迫する事件が起き、人々を不安にさせているようですが、我々が今夜も挑むのは、ウツロの地下に広がる、より魅力的で、底知れぬ迷宮の謎です。この静かな熱狂が、これからの日本のゲームの世界を大きく変えていくことになる。そんな予感を抱かずにはいられません。
同志よ、方眼紙の用意はいいですか?今夜もまた、ウツロの町で会いましょう。
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