齋藤俊輔は何者?「水戸に拾われた」21歳が日本代表になるまで

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2026年9月、日本代表に初招集された齋藤俊輔。

ベルギー1部KVCウェステルローで活躍する21歳ですが、ほんの数年前まで日本代表どころか、プロになれるかどうかも分からない選手でした。

高校3年時にはJクラブからなかなかオファーが届かず、本人も「大学進学かな」と考えていたといいます。

そんな齋藤に声をかけたのが水戸ホーリーホックでした。

本人が後に語ったのは、「高卒で水戸に拾ってもらって」という言葉です。

そこからJ2でブレークし、ベルギーへ渡り、わずか数年で日本代表へ。

しかも「俊輔」という名前には、現在の日本代表とも不思議な縁がありました。

齋藤俊輔とはどんな選手なのでしょうか。

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齋藤俊輔は何者?21歳で日本代表に初招集

齋藤俊輔は2005年4月26日生まれ、神奈川県出身。

横浜F・マリノスの育成組織、桐光学園高校、水戸ホーリーホックを経て、現在はベルギー1部KVCウェステルローでプレーしています。

主戦場はウイングなど攻撃的なポジション。

2026年9月17日に発表された日本代表メンバーに初めて選ばれ、現在のJFA公式メンバーリストにもウェステルロー所属の齋藤俊輔として名前が掲載されています。

ここだけ見ると、順調にステップアップしてきた若手に見えます。

しかし実際には、一度プロへの道が途切れかけています。

プロ入りできない?「大学進学かな」と思っていた

齋藤は小学3年生から横浜F・マリノスの育成組織でプレーしましたが、ジュニアユースからユースへの昇格はかないませんでした。

その後、桐光学園へ進学。

高校でもプロを目指していましたが、卒業が近づいてもJクラブからオファーが来ず、本人も大学進学を考えるようになっていたそうです。

そこで声をかけたのが水戸ホーリーホックでした。

齋藤自身も、

「水戸がオファーを出してくれた」
「『拾ってくれた』という思いが強い」

と振り返っています。

現在の日本代表という肩書きからは想像しにくいですが、スタート地点は「プロになれるか分からない高校生」でした。

水戸で覚醒、J2屈指のドリブラーへ

転機となったのが水戸での2年目です。

2025年にはJ2で27試合8得点。

特に目立ったのが、自分でボールを運び、そのままシュートまで持ち込むプレーでした。

5月、8月、9月には月間ベストゴールを受賞。

同一シーズンで3度の受賞は、中村俊輔に並ぶ記録となっています。

8月の受賞時、齋藤は「武器のドリブルで仕掛け、シュートまで持っていく自分らしいゴールだった」と振り返っています。

齋藤の魅力は、単なるテクニシャンではなく、自分でゴール方向へボールを運べること。

水戸でその武器が一気に結果へつながりました。

ベルギーでは最初「60分が限界」だった

水戸での活躍を受け、2026年1月にベルギーのウェステルローへ完全移籍します。

しかし、欧州へ行けばそのまま活躍できたわけではありません。

ウェステルローのイサメ・シャライ監督によると、加入当初の齋藤にとってベルギーの試合強度は大きな壁でした。

「60分が限界」になることも多かったといいます。

そこでクラブはフィジカル面を重点的に強化。

さらに2026年夏にはプレシーズンを最初から経験し、現在では1試合約12kmを走れるまでになったと監督が明かしています。

加入当初の数か月と比べると、走行量は約2倍です。

これはかなり大きな変化です。

「J2で活躍したドリブラーが海外へ行った」というだけではなく、欧州で足りないものを突きつけられ、そこから自分を作り直した。

今回の代表招集を見るうえで、この半年間の成長は外せません。

6試合3得点、そして日本代表へ

2026-27シーズンに入ると、その成長が結果にも表れました。

リーグ開幕から6試合すべてに先発し3得点。

9月5日のメヘレン戦では2ゴールを記録しています。

そして9月17日、日本代表に初招集されました。

森保一監督も齋藤について、ウェステルローで「明らかにチームの中心」と評価し、「成長曲線が間違いなく良くなっている」と説明しています。

数か月前までベルギーの強度に苦しんでいた選手が、今ではクラブの中心選手となり、日本代表までたどり着いたことになります。

「俊輔」の名前は中村俊輔が由来だった

そして齋藤俊輔には、もう一つ面白いエピソードがあります。

「俊輔」という名前の由来は、元日本代表の中村俊輔です。

本人もインタビューで明かしており、中村俊輔本人にもすでにあいさつしているそうです。

さらに2人には桐光学園という共通点があります。

そして2025年、齋藤は月間ベストゴールを3回獲得し、中村俊輔が持っていた記録にも並びました。

さらに2026年現在、中村俊輔は日本代表コーチ。

今回の代表スタッフにも正式に名前を連ねています。

名前の由来となった選手がいる場所へ、自分自身も日本代表選手としてやってきた。

偶然とはいえ、なかなか面白い巡り合わせです。

齋藤俊輔は日本代表でも活躍できる?

もちろん、日本代表でポジションをつかむのは簡単ではありません。

ただ、齋藤にはドリブルで自ら局面を動かせるという分かりやすい武器があります。

しかも現在は、そこにベルギーで鍛えられた運動量や強度が加わりつつあります。

プロ入りすら決まらず「大学進学かな」と考えていた高校生。

水戸に「拾ってもらった」と感じていた若者。

ベルギーでは最初、60分しか持たなかった選手。

その齋藤俊輔が、21歳で日本代表までやってきました。

まだ完成された選手ではありません。

だからこそ、この先どこまで伸びていくのかが楽しみな選手ではないでしょうか。

まとめ

齋藤俊輔は、最初からエリート街道を一直線に進んできた選手ではありません。

プロ入り目前で大学進学も考え、水戸からのオファーをきっかけにプロの世界へ。

そこでJ2屈指のドリブラーへ成長し、ベルギーでは「60分が限界」という壁も乗り越え、日本代表まで駆け上がってきました。

そして名前の由来となった中村俊輔が、現在は日本代表のコーチを務めています。

「水戸に拾ってもらった」と語っていた21歳は、日本代表でどんなプレーを見せるのでしょうか。

今後さらに名前を聞く機会が増えそうです。

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