ネイチャーポジティブへの取り組みは、もはや企業にとって単なるコストや社会的責任(CSR)活動ではありません。企業の持続的な成長と競争力強化に直結する「経営戦略そのもの」となっています。
先進的な企業は、自然資本の保全・再生を事業リスクの低減だけでなく、新たな価値創造とビジネスチャンスの源泉と捉え、事業活動と高いレベルで両立させる取り組みを加速させています。
企業がネイチャーポジティブを経営戦略に組み込む理由
企業がネイチャーポジティブを経営戦略に組み込む理由は、大きく4つあります。
1 市場と投資家からの要請

ESG投資(環境・社会・ガバナンスを重視する投資)が世界の潮流となる中、投資家は企業の自然関連リスクへの対応や貢献度を厳しく評価しています。また、環境意識の高い消費者は、サステナブルな製品やサービスを提供する企業を積極的に選ぶようになっています。
2 新たな事業機会の創出

生物多様性の保全に貢献する技術やサービス、生態系再生ビジネス、持続可能な原材料の供給網構築など、ネイチャーポジティブ経済への移行は、年間10兆ドル規模ともいわれる巨大な新市場を生み出す可能性を秘めています。
3 事業継続のためのリスク管理

事業活動の多くは、水、食料、原材料といった自然資本(自然の恵み)に依存しています。気候変動や生態系の破壊は、サプライチェーンの寸断や原材料価格の高騰といった直接的なリスクにつながるため、自然を守ることは事業基盤そのものを守ることに他なりません。
4 ブランド価値と人材獲得力の向上

自然との共生を目指す企業姿勢は、企業のブランドイメージを向上させ、顧客からの信頼を獲得します。また、「社会や環境に貢献したい」と考える優秀な人材にとって、企業を選ぶ上での重要な魅力となります。
ネイチャーポジティブとビジネスの両立例
ネイチャーポジティブとビジネスの両立を実践している企業の具体的な取り組みを業界別に紹介します。
建設業界:積水ハウス株式会社

- 取り組み:「5本の樹」計画 地域の気候風土に適した在来樹種を中心に庭木を提案する積水ハウス独自の庭づくり計画です。「3本は鳥のために、2本は蝶のために」というコンセプトで、地域の生態系に配慮した植栽を顧客と共に進めています。
- ビジネスとの両立:
- 付加価値の提供: 生物多様性に配念した質の高い住環境を提供することで、住宅の商品価値と顧客満足度を高めています。
- 生態系ネットワークの構築: この取り組みを通じて作られた緑地は、都市部に生物のすみかや移動経路を提供し、地域の生態系サービス向上に貢献します。2023年には、この取り組みで創出された緑地などが、環境省の「自然共生サイト」に認定され、企業のブランド価値を大きく向上させました。
- データに基づく事業展開: 計画開始から20年以上のデータを蓄積し、生物多様性への貢献度を定量的に評価・可視化することで、取り組みの有効性を社会や投資家に示しています。
食品・飲料業界:キリンホールディングス株式会社

- 取り組み:CSVパーパス経営の実践 「酒類メーカーとしての責任」と「健康」「コミュニティ」「環境」をCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)パーパスの4つの柱に掲げ、事業を通じて社会課題の解決を目指しています。
- ビジネスとの両立:
- 持続可能な原材料調達: 主要な農産物である茶葉やホップの生産において、スリランカの提携農園で持続可能な農業認証(レインフォレスト・アライアンス認証)の取得を支援。これにより、気候変動に強く、環境負荷の少ない方法で高品質な原材料を安定的に調達するサプライチェーンを構築しています。これは、事業継続リスクの低減に直結します。
- ブランドロイヤリティの向上: 環境や生産者の人権に配慮した原材料調達の姿勢は、「午後の紅茶」などの主力商品のブランド価値を高め、消費者の信頼を得ています。
素材業界:JFEグループ

- 取り組み:鉄鋼スラグ製品による海洋環境の再生 製鉄プロセスで生まれる副産物「鉄鋼スラグ」を活用し、海洋生物の生息に必要な鉄分を供給する製品を開発。これを海底に設置することで、海藻が育つ「藻場」や干潟の再生を促進しています。
- ビジネスとの両立:
- サーキュラーエコノミーの実現: これまで副産物であった鉄鋼スラグを、海洋環境を再生する高付加価値製品「マリンブロック™」などとして販売。廃棄物の有効活用と新たな収益源の創出を同時に実現しています。
- ブルーカーボン生態系の創出: 藻場の再生は、CO2を吸収する「ブルーカーボン」の拡大に繋がり、脱炭素社会の実現にも貢献します。この環境貢献価値が、企業の評価を高めています。
ネイチャーポジティブへの取り組みは、企業の未来を左右する重要な経営課題

以上のように、ネイチャーポジティブへの取り組みは、企業の未来を左右する重要な経営課題です。紹介した企業は、自社の事業特性と自然との関わりを深く理解し、それを強みに変えることで、ビジネス成長と環境貢献という二つの目標を見事に両立させています。
自然との共生を事業の核に据え、リスクを機会へと転換する「ネイチャーポジティブ経営」こそが、これからの時代に企業が生き残り、社会から選ばれ続けるための鍵となるでしょう。
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